長年の闘病生活の末、一昨年の夏にこの世を去った母の誕生日は3月22日だった。今からちょうど2年前、生前最後の誕生日に実家に帰ったとき、機械関係全てが苦手だった母が「パソコンを教えてほしい」と言ってきた。2日間教えて、その数週間後にまた顔を合わせると、かちゃかちゃとキーボードをいじくっていた。父に教わりながら知り合いにメールを送っていたようだ。
ニンテンドーDSという携帯ゲーム機で「脳トレ」関連ゲームに集中していた姿も思い出す。駅の売店で培った経験を生かし、釣銭をいかに早く数えるかを競うゲームで高得点をたたき出していた。わが家のDSの歴代記録トップ3をいまでも母が占めている。
孫娘の眼に目やにがたまり、まぶたがはれ、目が開かなくなった時期があった。数日して完治したとき「わたしの顔を忘れちゃうかと思った」と言っていた。
そんなときの母の気持ちは理解できる。他の誰かの記憶(あるいはゲーム機の記録)に自分が残ってほしいという思いがあったのだろう。
東日本大震災の発生から1年が過ぎたが、これもわれわれが残さなければならない記憶。それと、政治家の行動も記憶に残しておきたい。国民から見られている意識が薄い政治家がいかに多いことか。
2011年12月5日月曜日
「寄付」と「寄附」
日本語には同音異義語がたくさんある。「みる」は「見る」「観る」「診る」「看る」などさまざまな漢字に使い分けられる。この場合、意味も異なってくるのでどのように使うかは分かりやすいが、意味もほぼ同じでわずかな差しかない漢字は、記事を書き始めて少しの期間しか経っていない私を苦しめる。使い分けが正しくできずに、真っ赤に修正されるのが常だ。
苦戦したのは、「寄付」と「寄附」。国税庁のホームページには「寄附」と書かれている。所得税法や法人税などの条文も同様「寄附」を使用。税金について書く時は「寄附」を使うのかと書いていたら、新聞協会では「寄付」で統一されているとのこと。記者の必携書である記者ハンドブックを見ると、そこでは特に使い分けに指示がされていない。ただし、「附」の漢字はあまり使わないとされている。日常生活では辞書代わりのように使っているウィキペディアでも念のため見てみたが、ここで「寄附」は誤字とまで書かれている。いよいよ混乱してきたが、本紙では「寄付」を、条文の引用のみ「寄附」を使うらしい。
お隣の国、韓国では漢字はほぼ使われなくなり、音で示されるハングルを使う。確かにハングルは画期的な文字だと思う。日本のように漢字やひらがなやカタカナが一緒に使われている文字文化を持つ国も少ない。こうしたミックス文化は個人的には好きだが、その判断は難しい。
苦戦したのは、「寄付」と「寄附」。国税庁のホームページには「寄附」と書かれている。所得税法や法人税などの条文も同様「寄附」を使用。税金について書く時は「寄附」を使うのかと書いていたら、新聞協会では「寄付」で統一されているとのこと。記者の必携書である記者ハンドブックを見ると、そこでは特に使い分けに指示がされていない。ただし、「附」の漢字はあまり使わないとされている。日常生活では辞書代わりのように使っているウィキペディアでも念のため見てみたが、ここで「寄附」は誤字とまで書かれている。いよいよ混乱してきたが、本紙では「寄付」を、条文の引用のみ「寄附」を使うらしい。
お隣の国、韓国では漢字はほぼ使われなくなり、音で示されるハングルを使う。確かにハングルは画期的な文字だと思う。日本のように漢字やひらがなやカタカナが一緒に使われている文字文化を持つ国も少ない。こうしたミックス文化は個人的には好きだが、その判断は難しい。
2011年10月28日金曜日
追い剥ぎ国家
プロクルステス。舌を噛みそうなこの名は、ギリシャ神話に登場する残虐な追い剥ぎのものだ。山間の街道筋で宿屋を営んでいて、旅人がやってくると無理やり特製のベッドに寝かせる。身長がベッドのサイズに合わないと、重しを付けて手足を引き伸ばしたり、足か頭を切り落としたりしたという。ベッドに身体を合わせるのが彼の流儀だ。軍隊のブラックジョークに「靴に足を合わせろ」というのがあるが、それと同じ基準。
神話世界の暴虐さは相当なものだが、21世紀に暮らす生身の人間に対しても、国家が似たような暴虐さを発揮している。社会保障審議会年金部会が「原則65歳」に向けて引き上げ途上にある年金支給開始年齢を、さらに68 ~ 70歳まで引き上げる案を検討しているというのだ。42.195キロと信じてマラソンを走っていたら、終盤で勝手にゴールの位置をずらされ、さらに再延長となるようなものだ。「財源が不足している」「元気な高齢者が増えている」というのが理由だそうだ。冗談じゃない。それでは「ベッドに合わないから」という追い剥ぎの理屈と、まったく同じではないか。年金を頼りに、つましくもじっくりと残りの日々に向き合いたい。そう考えているひとは多いはずだ。走る距離が長くなったために、受給の前に脱落、では何とも不条理。年金ベッドに合わせるために、寿命を延ばすわけにはいかないのだ。
神話世界の暴虐さは相当なものだが、21世紀に暮らす生身の人間に対しても、国家が似たような暴虐さを発揮している。社会保障審議会年金部会が「原則65歳」に向けて引き上げ途上にある年金支給開始年齢を、さらに68 ~ 70歳まで引き上げる案を検討しているというのだ。42.195キロと信じてマラソンを走っていたら、終盤で勝手にゴールの位置をずらされ、さらに再延長となるようなものだ。「財源が不足している」「元気な高齢者が増えている」というのが理由だそうだ。冗談じゃない。それでは「ベッドに合わないから」という追い剥ぎの理屈と、まったく同じではないか。年金を頼りに、つましくもじっくりと残りの日々に向き合いたい。そう考えているひとは多いはずだ。走る距離が長くなったために、受給の前に脱落、では何とも不条理。年金ベッドに合わせるために、寿命を延ばすわけにはいかないのだ。
2011年9月2日金曜日
“どじょう総理”の政治活動
新総理が誕生した。民主党代表戦の投票前演説は多くの議員の心をつかんだといわれる。現段階では世間でも好意的に見られているようだ。特に、詩人・書家の相田みつをさんの作品「どじょうがさ金魚のまねすることねんだよなあ」の引用は有名になった。相田みつを美術館には来館者が増え、作品を収録したダイヤモンド社の『おかげさん』は増刷が決まった。
しばらく経つと、「どじょうみたいに」などという言葉を頭につけて、「泥に潜って逃げるのか」「つかみ所がない説明ばかり」「2匹目を期待するな」「背骨がふにゃふにゃしている」などと揶揄されそうな気もする。ただ、金魚が飼われている水槽のようにはきれいとはいえない政治の世界で、泥臭い政治がどれほど効果を発揮するのか、しばらく見てみようと考えている。
しばらく経つと、「どじょうみたいに」などという言葉を頭につけて、「泥に潜って逃げるのか」「つかみ所がない説明ばかり」「2匹目を期待するな」「背骨がふにゃふにゃしている」などと揶揄されそうな気もする。ただ、金魚が飼われている水槽のようにはきれいとはいえない政治の世界で、泥臭い政治がどれほど効果を発揮するのか、しばらく見てみようと考えている。
2011年7月22日金曜日
「近代」を手繰り寄せた富岡製糸場の絹糸
金色堂で知られる平泉の中尊寺が世界遺産に登録されることになった。震災以降の数少ない明るいニュースに居ても立っても、大人しくはしていられない気持ちになって、最近1歳になった娘を連れて世界遺産の“候補”に挙げられる群馬の富岡製糸場へ行ってきた。
明治初頭に設置された富岡製糸場は、本邦初の官営製糸工場として日本の文明開化を象徴する建造物だ。赤レンガ作りの大きな繭倉庫に紡績機がびっしりと並び、壁には従事していた若い女子工員の写真も飾られていた。
労働環境など整備されていない時代、楽しいことばかりではなかったはずだ。辛いことも多かっただろう。それでも何百年も鎖国をしてきた日本には他に何の産業もなかった。ひたすら蚕を育て、繭を茹で、絹糸を絡め取る―、やれることはそれだけだった。
しかし、彼女らが紡いだ美しい絹糸は決して切れることなく、列強だけが独占していた「近代文明」を確実に手繰り寄せた。
震災による原発事故で電力不足が懸念される中、「生きた心地がしない」と漏らす経営者もいる。しかし、あきらめないでほしい。日本の夜明けを告げた富岡製糸場にはそもそも電気などなかった。最初は水力で器機を動かしたという。
現代とは全く事情は変わる。だが、いつだって日本の前途は洋々とばかりしていたわけではない。近代化の果てには戦争もあった。永久に平穏無事などあり得ないし、そして明けない夜もまたないのだ。
娘はつかまり立ちを覚えたようで、「ふん!ふん!」と、女の子にしては猛々しい鼻息を散らしながら、全身に力を込めて本気である。ほかにできることはない。やれることを精一杯にやるだけだ。
隣では家内が娘に遊ばせるヌイグルミを作るために、糸をつまんで慣れない針を進めている。明るい未来を、信じている。
明治初頭に設置された富岡製糸場は、本邦初の官営製糸工場として日本の文明開化を象徴する建造物だ。赤レンガ作りの大きな繭倉庫に紡績機がびっしりと並び、壁には従事していた若い女子工員の写真も飾られていた。
労働環境など整備されていない時代、楽しいことばかりではなかったはずだ。辛いことも多かっただろう。それでも何百年も鎖国をしてきた日本には他に何の産業もなかった。ひたすら蚕を育て、繭を茹で、絹糸を絡め取る―、やれることはそれだけだった。
しかし、彼女らが紡いだ美しい絹糸は決して切れることなく、列強だけが独占していた「近代文明」を確実に手繰り寄せた。
震災による原発事故で電力不足が懸念される中、「生きた心地がしない」と漏らす経営者もいる。しかし、あきらめないでほしい。日本の夜明けを告げた富岡製糸場にはそもそも電気などなかった。最初は水力で器機を動かしたという。
現代とは全く事情は変わる。だが、いつだって日本の前途は洋々とばかりしていたわけではない。近代化の果てには戦争もあった。永久に平穏無事などあり得ないし、そして明けない夜もまたないのだ。
娘はつかまり立ちを覚えたようで、「ふん!ふん!」と、女の子にしては猛々しい鼻息を散らしながら、全身に力を込めて本気である。ほかにできることはない。やれることを精一杯にやるだけだ。
隣では家内が娘に遊ばせるヌイグルミを作るために、糸をつまんで慣れない針を進めている。明るい未来を、信じている。
2011年7月20日水曜日
マイカー取得までの道のり
先日、普通自動車の免許を取った。学生時代に取る余裕がなかったので、今になって教習所に通うことに。しかし、仕事の忙しさを理由にたびたび教習所から足が遠のき、結果的に無事免許取得できたはいいが、気が付けば教習所に通い出した日から約10カ月が経過していた。長い戦いだった。
免許取得となれば早速自動車購入と行きたいところだが、ここで忘れてはならないのが自動車に関連する税だ。購入時に都道府県に対して支払う「自動車取得税」。また、自動車検査証の交付を受ける人や、車両番号の指定を受ける人が国に対して納める「自動車重量税」。さらに毎年4月1日現在の自動車の所有者に対して課される「自動車税」。同じく毎年4月1日現在で、軽自動車を所有している人に対して課される「軽自動車税」。最近は「エコカー減税」がさまざまな車種で認められているが、教習所通学費からマイカー取得までにかかる金額を考えると、少しの税金でも気が重くなる。
現時点でマイカー購入の予定はない。免許証もレンタルビデオ店のカード作りに利用したのみだ。
免許取得となれば早速自動車購入と行きたいところだが、ここで忘れてはならないのが自動車に関連する税だ。購入時に都道府県に対して支払う「自動車取得税」。また、自動車検査証の交付を受ける人や、車両番号の指定を受ける人が国に対して納める「自動車重量税」。さらに毎年4月1日現在の自動車の所有者に対して課される「自動車税」。同じく毎年4月1日現在で、軽自動車を所有している人に対して課される「軽自動車税」。最近は「エコカー減税」がさまざまな車種で認められているが、教習所通学費からマイカー取得までにかかる金額を考えると、少しの税金でも気が重くなる。
現時点でマイカー購入の予定はない。免許証もレンタルビデオ店のカード作りに利用したのみだ。
2011年7月4日月曜日
白地図を流れる消せない汚れ
原発事故の放射能汚染度を示す「サーベイマップ」なるものが公表されている。何も書かれていない福島県の白地図の上に、海沿いの福島第一原発から北西に向けて、流れるように赤色やオレンジ色の濃淡で放射線量の測定レベルが表現されている。まるで、清潔な真っ白い大地にそう簡単には落とせない汚いペンキをぶちまけたように見えた。
せつなくなった。美しい自然、豊かな山河こそが魅力であった福島を汚したのは誰か。猛暑に耐えかねたように原発の再稼働の話も出てきているが、自分たちさえ快適ならば、他人の土地などどんなに汚れようが構わないのか。ノドの渇きを潤すために飲み干した空き缶を、そのまま他人の庭に投げ捨てているモラルと、程度の大小を除けば何ら変わることがない。
“ヒロシマ”“ナガサキ”で、世界唯一の被爆国となった我が国が60有余年を経て、今度は自らが設けた核施設によって被曝するとは――。
悲劇にしても、皮肉に過ぎる。
せつなくなった。美しい自然、豊かな山河こそが魅力であった福島を汚したのは誰か。猛暑に耐えかねたように原発の再稼働の話も出てきているが、自分たちさえ快適ならば、他人の土地などどんなに汚れようが構わないのか。ノドの渇きを潤すために飲み干した空き缶を、そのまま他人の庭に投げ捨てているモラルと、程度の大小を除けば何ら変わることがない。
“ヒロシマ”“ナガサキ”で、世界唯一の被爆国となった我が国が60有余年を経て、今度は自らが設けた核施設によって被曝するとは――。
悲劇にしても、皮肉に過ぎる。
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